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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)8970号 判決

原告

大西勲次

大西ミチ子

右両名訴訟代理人弁護士

角谷哲夫

上條博幸

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士

新谷勇人

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、各四一九万三二二五円及びこれに対する平成五年四月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、ごみ収集車が右折発進しようとしたところ、後方から来た自動二輪車が急制動の措置を講じて転倒し、対向車線を走行していたバスと衝突し、自動二輪車の運転者が死亡した事故に関し、その遺族二名が民法七〇九条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、ごみ収集車の運転者及び保有者に対し、損害賠償を求め、提訴し、連帯して各原告に対し、各一一四〇万六七七五円及びこれらに対する平成四年一〇月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払えとの判決を受け、右金員の支払を受けた後、同車の自賠責保険会社に対し、自賠責保険の限度額である三〇〇〇万円から右受領金員を控除した額及びこれに関し最初に被害者請求をした日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、提訴した事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成四年一〇月二一日午後一時三五分ころ

(二) 場所 大阪府池田市木部町九二番地先路上(以下「本件事故現場」ないし「本件道路」という。)

(三) 被害車 訴外亡大西啓優(以下「啓優」という。)が運転していた自動二輪車(大阪く三三五九、以下「啓優車」という。)

(四) 事故車 訴外東恵一郎(以下「東」という。)が運転していたごみ収集車である普通貨物自動車(大阪八八す七七七〇)

(五) 事故態様 東車が右折発進しようとしたところ、後方から来た啓優車が、急制動の措置を講じたところ転倒し、対向車線を走行していたバスと衝突し、啓優が死亡したもの

2  責任原因

東は、池田市に勤務し、本件事故当時、同市が所有する事故車によりごみ収集業務に従事中、本件事故を生じさせたものであり、自賠法三条に基づき、本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  相続

原告大西勲次(以下原告勲次」という。)は父として、同大西ミチ子は母として、それぞれ啓優の本件事故による損害賠償請求権を二分の一ずつ相続により承継取得した。

4  別件訴訟の確定及び金員受領

(一) 原告らは、平成五年一二月一三日、大阪地方裁判所に対し、池田市、東を被告として、本件事故に基づく損害賠償請求訴訟(同庁平成五年(ワ)第一二〇三一号)を提起し、平成六年七月五日、原告ら勝訴判決が言渡され、同判決は、期間内に控訴の申立てがないまま、確定した。

同判決の損害に関する認定は、次のとおりである。

(1) 逸失利益(主張額六一九八万九三四〇円) 二八二九万一七〇五円

(2) 死亡慰謝料(主張額二二〇〇万円) 二二〇〇万円

(3) 治療費(主張額五四万二一七〇円) 五四万二一七〇円

(4) 葬儀費(主張額一五〇万円)

一二〇万円

(5) 弁護士費用(主張額六〇〇万円)

二〇〇万円

(二) 金員受領

同判決は、各原告に対し、各一一四〇万六七七五円及びこれに対する本件事故の日である平成四年一〇月二一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを池田市及び東に対し命じ、原告らは、同市から右金員の支払を受けた。

5  保険契約及び被害者請求

被告は、各種保険の引き受けを業とする保険会社であるところ、本件事故発生時、池田市との間で、同市が所有する事故車について、自賠法五条による損害賠償責任保険契約(保険証明書番号六〇―二九二三五八―〇)を締結し、本件事故は、同保険期間中に発生した。

原告らは、平成五年四月二六日、被告に対し、自賠法一六条に基づき自賠責保険金の支払を請求(被害者請求)したが、拒絶され、さらに、前記別件訴訟における勝訴判決が確定した平成六年八月一二日、再度請求をしたが、再び拒絶された。

二  争点

1  原告らの保険金請求権の消滅

(一) 原告らの主張

(1) 交通事故における被害者の保険会社に対する直接請求権(自賠法一六条一項)と自動車の保有者に対する損害賠償請求(同法三条)との関係について、最高裁昭和三九年五月一二日第三小法廷判決(民集一八巻四号五八三頁)は、「自賠法三条又は民法七〇九条によって保有者及び運転者が被害者に対し損害賠償責任を負う場合に、被害者が保険会社に対しても自賠法一六条一項に基づく損害賠償請求権を有するときは、右両請求権は別個独立のものとして併存」すると判示し、また、最高裁昭和五七年一月一九日第三小法廷判決(民集三六巻一号一頁)は、「自動車損害賠償保障法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する直接請求権は、被害者が保険会社に対して有する損害賠償請求権であって、保有者の保険金請求権の変形ないしはそれに準ずる権利ではない」と判示している。

したがって、被害者が、自賠法一六条に規定する直接請求権により、保険会社に対して支払を求め得る「損害賠償額」(自賠責保険金額)は、被害者と保険会社間で、自動車保有者(加害者)に対する損害賠償請求とは別個独立に訴訟外又は訴訟において確定される。そして、右条項の「損害賠償額」は、保険金額を限度とするが、自動車保有者(加害者)の不法行為と相当因果関係のある被害者が被った全損害額である。

本件において、原告らは、平成五年四月二六日、保険会社である被告に対して自賠法一六条一項に基づいて損害賠償額支払の直接請求(被害者請求)をしたのであり、被告の支払債務は右履行請求のときに遅滞に陥ったものである。

被告が原告らの右直接請求を受けて、自賠責保険損害査定要綱、同実施要領に基づいて損害賠償額の査定を行った上、自賠責保険の限度額(死亡に至る傷害につき一二〇万円、死亡につき三〇〇〇万円)を原告らに支払うべきであったことは明らかである。

(2) また、自賠法一六条一項の保険金額の限度には、同条項の支払義務の履行遅滞により生ずる損害金は含まれず、限度額とは別途に遅延損害金の支払義務がある。

右査定要綱には、「重大な過失による減額」として「被害者に重大な過失がある場合には減額を行う」と定め、具体的には「被害者に大方七〇パーセント以上の過失がある場合にその程度に応じ二〇パーセント、三〇パーセント、五〇パーセント、但し、傷害はすべて二〇パーセントの割合で減額が行われる」のみであり、厳格な過失相殺条項(民法七二二条二項)の適用はないのであって、本件のごとく直接請求権が訴訟係属するに至った場合にも、保険会社が右過失相殺の適用主張を出来ないことは無論のこと、裁判所においても、職権によって過失相殺規定を適用斟酌することは出来ない。

自賠責保険は、自動車の人身事故の被害者救済を目的とした社会保障的性格を有する公的強制保険制度であって、その保険料に関しても適正原価主義(ノーロス・ノープロフィット)の原則を採っており(自賠法二五条)、営利の目的の介入を排除している。被害者の重過失減額も、自賠責保険のこのような制度目的から解釈されるべきであり、訴訟係属に至ったからといって、これが否定され、過失相殺規定が適用されるものではない。査定要綱は、主務官庁である大蔵大臣の認可を受けたものであって、損害査定における規範として拘束されるものであるから、被害者からの直接請求を不当に拒絶した保険会社が、訴訟においては、査定要綱とは無関係に民法七二二条の過失相殺規定の適用を主張することは許されないというべきである。

(3) 仮に、保険会社が訴訟において、同条の過失相殺の適用を自由に主張できるとすると、訴訟外において保険会社が被害者請求に応じて減額せずに自賠責保険金を払い渡した後、①被害者と加害者間の判決において、過失相殺がされ、その損害賠償額が右自賠責保険金額を下回った場合、保険会社はその差額金の返還を被害者に請求出来るし、②保険会社は当該被害者を相手として、損害査定においては、過失相殺しなかったことを理由に既に払い渡した自賠責保険金の全部ないし一部の返還を請求することができることになるが、これは不合理である。

本件事故に関し、別事件判決では、啓優が六割、東が四割と判断されており、啓優の過失は前記査定要綱に規定された「被害者の重過失」に該当せず、賠償額の減額は行われず、原告らの被った損害額は保険限度額を上回っており、保険会社である被告は、同限度額及び遅延損害金を原告らに支払う義務がある。

(4) 仮に、別事件確定後には、本件訴訟の提起が許されなくなるとすると、原告らは、加害者に対する右訴訟と併合して本訴被告への訴訟を提起するか、または、これに先行して本訴の提起を強制されることになる。しかし、このように解すべき法規は存在せず、また、仮にかかる訴訟を提起したとしても、通常共同訴訟にすぎず、合一的に確定されることはない。

(5) 以上から、本訴は認容されるべきである。

(二) 被告の主張

(1) 本件は、原告らの事故車の保有者及び運転者と原告らとの損害賠償請求訴訟の判決が、確定し、かつ、その金額の支払が終了した。

自賠責保険は、損害賠償責任保険であって、被保険者(保有者と運転者)が自賠法三条により負担した責任を負うべきときの損害を填補する保険である(同法一一条)。同法一六条は、被害者の保険会社に対する直接請求権を認めているが、それはいったん加害者が損害を填補した後、加害者に保険金を支払うという本来の賠償責任保険のルートの外にバイパスを設け、被害者に早期の救済を与えようとした趣旨であり、被保険者が負担する以上の支払を与えようとする趣旨ではないことは、責任保険の性質から明白である。

自賠法は、被害者の直接請求権を認めている。しかし、同条一項は、「保険金額の限度において、損害賠償額の支払いをなすべきことを請求することが出来る」と定めており、「損害賠償額」の存在、すなわち、保有者らに損害賠償請求権を有していることを前提として、その上限を保険金額としている。すなわち、被害者請求が出来る金額は、損害賠償額と保険金額のいずれか低い方であり、このことは、損害賠償責任保険の性質上、当然である。本件では、原告らは保有者らに対して有していた損害賠償請求権に基づきその全部の賠償を受けたものであって、もはや損害賠償請求権が存在しないから、被告に損害賠償額の支払を求めることができないのは自明である。

第三  争点に対する判断

一1  前記のとおり、原告らと東・池田市間の別事件判決が確定し、認容額について支払があったことは当事者間に争いがないところ、被害者の加害者に対する損害賠償請求権と保険会社に対する自賠法一六条に基づく損害賠償額支払請求権(被害者請求権)とは、それぞれ別個独立の請求権である(最高裁昭和三九年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五八三頁、同昭和五七年一月一九日第三小法廷判決・民集三六巻一号一頁)。しかし、自賠法にいう責任保険契約は、保有者・運転者の損害賠償責任を填補することを約する契約であり(同法一一条)、加害者の責任保険会社に対する請求(加害者請求)は、被害者に対する損害賠償について支払をした限度でのみ許され(同法一五条)、被害者の責任保険会社に対する請求(被害者請求)も、保険金額の限度で損害賠償額の支払をなすべきことを請求できるにすぎない(同法一六条一項)。かかる自賠法の諸規定に照らすと、同法一六条一項にいう被害者請求権は、被害者に対する迅速確実な救済を図るため、加害者の損害賠償義務の履行を保険会社に肩代わりさせる趣旨により創設された権利であり、同請求権は、損害賠償請求権との関係では二次的・補充的な権利と解する他はないから、加害者に対する損害賠償請求権が消滅したときは、特段の事情がない限り、従たる権利である被害者請求権も消滅すると解するのが相当である。

したがって、特段の事情が認められない(被告が自賠責保険金の支払いを拒絶したというだけでは、右特段の事情があるとは認め難い。)本件において、原告らの被告に対する自賠法一六条に基づく損害賠償額支払請求権も消滅するに至ったというべきである。

2  これに対し、原告らは、自賠責保険損害査定要綱等が過失相殺減額などについて独自の定めをおいていることなどから、自賠責保険会社を被告とする訴訟には過失相殺規定の適用はなく、このように解さないと自賠責保険会社が自賠責保険金の返還請求ができることになるという奇妙な帰結が生じるなどと主張する。しかし、右査定要綱が法規ではないことは明らかであるから、裁判所がこれに拘束されるいわれはない。そして、仮に自賠責・裁判所の判断に齟齬が生じた場合、自賠責保険金の返還請求ができる余地があるとしても、それは査定要綱が簡易迅速な救済、被害者間の公平の確保、地域較差の防止等のため策定されているため、当該個別事案に対する具体的妥当性を本旨とする裁判所の損害認定とは目的を異にしていることのやむを得ない帰結であり、両者に齟齬が生じた場合、裁判所の判断が優先すべきことは当然であるから、必ずしも奇妙な帰結とまでは断じ難い。

3  なお、原告らは、前記のように解さないと、被害者への損害賠償請求訴訟確定後は自賠責保険会社への被害者請求訴訟が提起できなくなり、この結果を避けようとすれば、前者の訴訟と同時ないしこれに先行して後者の訴訟を提起せざるを得なくなる不都合が生ずるなどとも主張する。しかし、後者の訴訟の提起自体ができなくなるわけではなく、損害賠償請求権が消滅すれば、被害者請求権も消滅するにすぎず、このことは後者の訴訟が前者の訴訟と同時ないし先行して提起されているか否かとは無関係な実体法上の問題であり、両訴の間に既判力が生ずるわけでもないから、右主張は失当である。

4  したがって、原告らの主張は、いずれも採用できない。

二  まとめ

以上の次第で、原告らの請求はその余の点を判断するまでもなく、理由がないから棄却されるべきである。

(裁判官大沼洋一)

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